日記


 「何してるの?」

 杖を持って真剣に何かとにらめっこをしているリドルを見るのは久しぶりだった。

 ホグワーツには形ばかりの平穏が戻ってきて、私たちが秘密の部屋を開けた犯人に仕立て上げたルビウス・ハグリッドはホグワーツから追放された。
 私たちは、大して何もしていないというのにホグワーツ特別功労賞なんかを受賞してしまって、ますます二人でいる時間が少なくなってしまったのは事実。
 これも、二人の運命なのかもしれないわ、と諦めることにしているのだけれど。

 隠し部屋に足を踏み入れてみた。
 先に来ていたリドルは、私が入ってきたことに気づかずにひたすら机の上においた本とにらめっこ。
 時々ノートに難しい数式を書いてはため息をついていた。
 真剣になっているときの彼を邪魔しちゃ悪いと想って、何も言わなかったのだけれど、流石にもう三時間以上も黙ったままでこの場にいるのは辛くなってきたわ。だから私は声をかけた。

 「何してるの?」

 入れたての紅茶を渡しながらそう聞いた。
 チラッと視線を上げ紅い瞳で私を捉えたリドルは、ため息をついて杖を机の上に置いた。
 机の上にはノートが一つ。
 それから、何も書いていない………おそらく日記帳であろうものが一つ。
 さっきからしきりに数式を書いていたのはノートのほうで、杖を持ってにらめっこしていたのは日記帳のほうみたいだった。

 「…在学中にもう一度秘密の部屋を開けられると想うかい?」

 「無理ね」

 「…即答だね」

 彼は苦笑していた。
 でも、彼にだって分かりきった話じゃない。
 私はにっこり微笑んで、手にした紅茶に一口口をつけた。

 「ダンブルドアが私たちのことを疑っているのよ。もう一度秘密の部屋を開けようものなら必ず何らかの形で失敗するわ」

 危険よ、とつぶやいた。

 「……貴方は完璧主義者でしょう?ヴォル。貴方は在学中にもう一度秘密の部屋を開けようとは思っていない……そうでしょう?」

 微笑んだら彼も私を見つめて微笑みなおした。

 「ご名答。流石は星見のだね」

 確かに僕は……と、彼は続けた。

 「在学中にもう一度秘密の部屋を開けるなんてしない。でも、今の僕の記憶はどこかに記録しておいたほうがいいと思うんだ」

 「…それで、そんなに難しい数式を書いていたの?」

 「……どんなインクよりもしっかりと僕の記憶を記録したい。それに、普通の人の目に触れたときにはただのノートにしか見えないようにね。この先僕に何かあったとしても、この記憶が自分の意思を持って何かが出来るくらい強力な……いわば僕の分身を作り出したいのかもしれないな」

 「貴方らしい考えだわ」

 私は苦笑した。
 いつの間に現れたのか、とルデがやってきて、私のひざの上とリドルのひざの上にそれぞれ腰掛けた。

 「それでその日記、出来そうなの?」

 「ああ、もう少し。闇の力を使うから誰かに気づかれない時間がいいと思ってね」

 「そう……ね。最近警備が厳しくなったものね」

 そう。
 秘密の部屋が開かれて以来、ホグワーツはとても警備が厳しくなった。
 私たちでさえ、この隠し部屋に足を運ぶことが結構困難になっていることは事実だった。
 でもそれも、リドルと過ごせるのならばただのスリルにしか他ならなかったけれど。
 結局私たちは、常に周りの目を盗んでは二人で密会しているんですから。

 「魔法使うよ?」

 冷たくリドルが言った。
 頷いて、少しだけ身構える。
 どうしても、リドルが闇の魔法を使うときは疲れてしまう。
 リドルの魔法が強力すぎて、私の魔力まで奪っていく感じがするの。

 リドルが杖を振る。
 邪悪な魔力が部屋の中に充満する。
 それはおぞましく気分が悪くなってしまいそうだけれども………心地よい。
 魔法はほんの数秒だけ部屋に充満した。
 リドルが杖をおろすとすぐに部屋は元の静けさに戻る。
 毛の逆立っていた二匹の猫が、壁のほうに逃げていたのに、いつの間にか戻ってきて私の横で毛づくろいを始める。

 ほんの数秒の出来事だった。



 でも、目の前には事をやり終えた満足感のあるリドルがそこにいた。
 二人も。

 「……成功したみたいね」

 「本当だね」

 「………ヴォルが二人いるなんて、なんだかおかしな気分だわ」

 「「…僕もだよ」」

 まったくにごらない二人の声に私は微笑んだ。
 リドルは自分の記憶を分身として日記に保存することが出来たのだ。
 姿かたちはそっくりで、声も性格もリドルそのものだろう。
 違うのは、ちゃんと地に足を着いているか、そうでないか位だわ。

 「さすがね、ヴォル」

 「「お褒めに預かり光栄です、」」

 声のそろった一癖も二癖もありそうなリドルとその分身は、しばらく部屋の中で討論を続けることになる。
 私はそんな二人をよそに、ソファーに寝転がって眠るわ。
 ヴォルが二人いて、しかも二人で私についての討論をしているなんて、ずいぶんと面白い光景だった。
 でも流石に眠気と疲れにはかなわない。
 リドルは私の魔力まで吸い取っていくんですもの……

 でも日記……
 私も作ろうかしら……
 私の記憶を作っても面白そうね。






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リドルは黒い。
でも、も負けないくらい黒い。