卒業したら
ほんの少しだけ気になることがあって、さりげなくに尋ねてみることにした。
「ねぇ」
僕のひと言で、はせかせかと動かしていた羽根ペンを止めて、ほんの少し表情をゆがめて僕のほうを見る。
おそらく僕からたずねたことに驚いているんだろう。
僕は、自分からに話しかけることなんてほとんど無いからね。
「…何か?」
かたり…と、羽ペンが机の上に置かれる。
の白くて細い指が、転がらないようにそっとペンを押さえる。
その仕草すら、今の僕には愛おしくてたまらない。
だから、聞いてみたいことがあるんだ。
「…ねぇ、。……君は、卒業したらどうするつもりだい?」
ふと、考えたこと。
僕は卒業したら世界を見に行く。
でも、は?
はどうするんだろう。
今まで当然のごとく僕と一緒に行動するだろうと思ってきたけれど…どうやら、違うような気がするんだ。
僕の感は、驚くほどよく当たるからね。
ほんの少し気になって、だから尋ねてみることにした。
「…卒業?」
「ああ、そうさ。僕らはいずれホグワーツを卒業するだろう?その先のこと、何か考えているのかい?」
まあ、のことだから、綿密な計画が出来ているんだろう。
文字を書くことをやめたが、息抜きにと入れてくれた紅茶を飲みながら、僕はそんな風に思った。
きっとは、何か考えている。
しばらく彼女は何も言わず、紅茶にたっぷりとミルクを入れてくるくるとかき混ぜていた。
アッサムという種類のこの紅茶は、ミルクティーにして飲むとなかなか楽しめる。
くるくるくるくる…彼女が紅茶をかき混ぜる手につられて僕の目がどうしても動いてしまう。
彼女の指は繊細だ。
そのうちは、かき混ぜている手を止めてにっこりと僕に微笑んだ。
「…決まってるのよ、私」
「?」
よくわからない、という目で彼女を見つめると、はより一層にっこりと微笑んだ。
「卒業後の進路、私はもう決まっているの」
「へぇ……」
少し意外だった。
何も考えていないのなら、僕と共に世界を見よう…って誘いたかったけれど、どうやら彼女の将来は決まっているらしい。
これは少し面白くない。
「へぇ…それで、君はどんな職業につくんだい?」
「………占い学の教師をするのよ。卒業後すぐに、このホグワーツでね」
一瞬、手にしていたティーカップを落としてしまうかと思った。
彼女は今なんていった?
ホグワーツで占い学の教師をする……
ぐさりと来る言葉だった。
僕も彼女もあれほどホグワーツが嫌いだって言っていたのに。
どうしてそんな道を選んだんだろう。
「…何か、納得のいかない顔しているのね」
「当たり前じゃないか」
じゃあ、とが僕に尋ねる。
「ヴォルは、卒業したら何をするつもりなの?」
にっこりと微笑むに、僕はカップを置いて夢を語り始める。
もしかして、僕のこの夢を聞いたら、この壮大な夢を聞いたら、彼女はホグワーツに残ることを諦めて、僕についてきてくれるかもしれない。
「……僕はね、世界を見て回るんだ。闇の魔術をたくさん調べて、サラザール・スリザリンの形跡を追って………ね。色んな魔術を研究して、闇の帝王になるためにたくさんの知識を吸収するつもりさ」
「すばらしいわね」
笑顔で、でもはそれしか言わなかった。
「…何で、ホグワーツに残ることに?」
思わず口をついて出てきてしまった言葉。
でもはその質問すら想定していたように、笑みを崩さずすらすらと答え始めたんだ。
「……だってね、ヴォル。世界中の色んなところに闇の魔術に関する情報が転がっているわ。……でもね、私たちはこんなに長くホグワーツで生活しているのに、このホグワーツにはまだまだたくさんの秘密が眠っているの。一端の生徒では閲覧できない禁書の棚の中に、どんな情報が入っているのか……私たちは知らないわ」
「……確かに」
「ホグワーツにも色んな秘密が眠ってる。世界中に散らばっているものは、ほんの少しの断片でしかないかもしれないけれど、ホグワーツなら、サラザールの考えがしっかりまとまった本があるかもしれない。……私だって、ホグワーツは好きじゃないわ。でも、調べるには最適の場所だと思うのよ」
しばらく僕は黙り込んだ。
の言っていることは分かる。
でも、卒業したら僕らは離れ離れ。
そして、秘密の部屋の事件以来、僕らのことを鋭く監視するようになったダンブルドアの居るホグワーツに、進んで残るなんて……と、僕の心の中には納得したくないという思いが浮かんでいた。
「ヴォルが…世界を見て回りたいって思っていたこと、ずっと前から知ってたのよ」
はなおも僕に微笑み続けた。
「え?」
「……知ってたの。だから私は、ホグワーツに残ることにしたの。私がホグワーツで調べたことと、ヴォルガ世界を見て調べたこと…あわせたら独りじゃ分からなかったことが解るかもしれないでしょう?」
それって素敵じゃない?
はそういっていた。
「……素敵だね」
僕も、ほんの少し無理に笑みを作って彼女に返した。
「会えなくなる訳じゃないもの。貴方はホグワーツの卒業生。顔を出しにきたといえば何の疑いもかからないわよ。だから、離れ離れになっても、心まで離れるわけじゃないわ」
僕の心を見透かしたかのように彼女はそういった。
は、すごい。
僕の中に無いものを持っている。
そんな風に感じた。
「……いいさ。じゃあ僕は世界を見る。そして君は、身近な秘密を探る……」
「ええ、そうね」
「きっと、僕は闇の帝王になってみせるさ。そして、君を迎えに来るよ」
「…待ってるわ」
決意を新たにした瞬間だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
とリドルの将来について語ってみる。