ハロウィーン


 ホグワーツ校舎内がかぼちゃの甘ったるい匂いで染まる日。
 甘い匂いにつられて生徒たちの志気が下がるから、授業中は煩くてかなわない。
 常に授業に集中していない生徒たちが、いつも以上に騒がしくなる。
 ハロウィーンの日。
 僕は、あんまり好きじゃない。

 甘い匂いにも飽きた。
 朝食も昼食もそこそこに、授業が終わった後僕は隠し部屋に足を踏み入れた。
 ホグワーツじゅうに広がる甘い匂いを断ち切ることなんて出来ないだろうけれど、騒がしい生徒の中にまぎれているよりかは幾分かここにいるほうが落ち着くだろう。

 でも、隠し部屋からもホグワーツ全体に広がるのと同じ、かぼちゃの甘い匂いがしていた。
 扉を開け、中に入ると、コトコトと何かを作る音が聞こえた。
 いつも僕が部屋に入ると、決まってソファーに腰掛けて本を読んでいるか、椅子に座ってノートに何かを書き綴っているか…そんなことをしているがいなくて、でも、コトコトと何かを料理する音が聞こえている。

 「…何を作っているんだい?」

 壁に寄りかかった僕は、白くて細い綺麗な指で木べらをゆっくり動かすの姿を見つけた。
 なんとなく話しかけてみる。
 小さな鍋にはかぼちゃがたくさん入っていて、どうやらハロウィーンに関するものを作っているようであった。
 普段から料理の好きな人ではあったけれど、こうやって実際彼女が何かを作っているところを見たことはなかったから、正直驚いたけれど、それが綺麗だとも思った。

 「あら。ヴォルも来たのね」

 甘い匂いにつられたのかしら、とは上品に微笑んだ。
 そのの足元には、盛んに擦り寄っている白猫と黒猫がいる。
 ルデもも、かぼちゃの甘い匂いにつられたらしく、甘ったるい鳴き声を出している。

 「…で、何を作っているんだい?ずいぶんと手間がかかっているようだけど」

 の周りには、卵の殻やミルクの入れ物やその他のものがたくさん置いてあった。
 綺麗に揃えられているけれど、ずいぶんとたくさんのものを使っているようだ。

 「ハロウィーンですもの。いいかぼちゃが手に入ったから、美味しいものを作ろうと思って」

 ふふふ、と彼女は小さく声を漏らして微笑んだ。
 それから言葉を付け加える。

 「…ホグワーツの夕食会には、参加する気になれなくて。でも、ご先祖様がやってくる大切な日だから、何もせずにいるのも気が引けてしまって……」

 色白の手は、手際よく鍋の中のものを取り出し、作業を始めている。
 オーブンの中からは、甘ったるいいいにおいが漂ってきている。

 「もうすぐ出来上がるけれど、貴方も食べていく?」

 「そうだな…僕も、夕食会に出る気はしないし、君とゆっくり食事が出来るいい機会かもしれない」

 はやんわりとした笑みを浮かべると、僕にテーブルに座って待っているように薦めた。
 出来上がる料理がなんなのか解らないから楽しいのだ、と彼女は言っていた。
 僕は進められたとおり、テーブルの前に腰掛け、カタカタと楽しそうに食事を準備するの姿を見つめていた。
 もしか、この光景が毎日のように見られるようになったら…どれだけ充実した毎日が送れることになるだろう…
 そんなことを考えながら、彼女が料理を運んでくるのを待っている。
 普段から何かを作るのが好きな人ではあったけれど、こうして作っている姿を目にするのは初めてのことだ。
 家庭でよく作らされているのか、もともと料理をするのが好きなのか、手際よく作業を進めている姿を見ていると、なんだかほっとするような、でもなんだか苦しくなるような、不思議な気持ちがわいてくる。

 そのうち、とルデがこぞって僕のそばのいすに飛び乗り、甘ったるい声を出して鳴きはじめた。
 その少し後ろから、美味しそうなかぼちゃの匂いを漂わせる料理を持ってがやってきた。

 「…パイ?」

 かぼちゃの甘い匂いを漂わせ、どこかかぼちゃ色をした大きなパイ。
 出来立てで暖かい湯気が出ている。
 それを丁寧に切りわけると、僕の前に置いた。
 甘すぎないように、との配慮だろうか。
 珈琲も置いてある。

 「口に合うといいんですけれど。パイなんて作るのは久しぶりだから……」

 おそらくはフレンチパイ、だろう。
 バターを織り込むことによって作る、とても手のかかる料理。
 手間がかかっている分、とても美味しい料理だ。
 一口口にして、僕はふっ、と口元を緩めた。

 「…甘い…」

 口の中に広がるかぼちゃの甘みは上品で、決して甘すぎず、けれど軽すぎない。
 さすがだ。
 一口食べただけで、僕はこの味に酔いしれている。
 そっとのほうを見ると、かぼちゃ色をしたミルクを、ルデとにあげているところだった。
 僕の前には、いつの間におかれたのか、かぼちゃのスープも置いてある。

 「…甘すぎたかしら?」

 「いいや、丁度いい甘さだよ。どこのお店で食べるパイよりも上品な味をしてる」

 は少し顔を赤らめて微笑んだ。
 は僕の向かい側に腰掛けていたけれど、もともとそんなに大きくもないテーブルだ。
 僕はそっとずれて、と斜め横になるようにする。
 対面式だと、彼女との距離が離れすぎているように思えるから、だ。

 「あら、どうかしたの?」

 「なんとなく、だよ」

 もう一口、パンプキンパイを口に運ぶ。
 ふんわりとした甘さが広がる。

 「…ヴォル……?」

 そのままの唇に口付ける。
 驚いたように目を見開いて僕を見たに、僕は微笑んだ。
 彼女は諦めたようななんともいえない笑みをこぼした。

 「…甘いわ」

 「上品な甘さだ」

 彼女は何もなかったかのように、優しく微笑み、自分の作ったパイを口にする。
 僕も彼女の作ったパイを口に運ぶ。

 「正直、ホグワーツのハロウィーンは好きになれなくてね。当初の目的を忘れてただパーティーを開くだけだ。年に何度かのお祭りとはいえ、生徒は浮かれすぎていて授業にもならない」

 「浮かれすぎている生徒に教師。今日だけは…といいつつ、祭りのときはいつもそう。祭り本来の意味を見失ってしまっている気がするわ。…私、ホグワーツのハロウィーンは出席したことないのよ。ほかの行事もそうなんですけど」

 彼女はゆっくりしゃべる。
 けれど、言いたいことははっきり言う。
 その視線に絡めとられると、僕はじっとを見ていることしか出来ない。
 整った顔立ちに長い黒髪。
 時々襟元の髪をはらう仕草や、何かに集中しているときの姿は神秘的だ。

 「…毎年、こういうハロウィーンってどうかな。勿論、君がよければ、だけど。一緒に食事をする機会なんて、ホグワーツの中じゃあ、そんなにないだろう?時々ここでティー・タイムを楽しむときはあるけれど」

 「貴方といると落ち着くわ。にぎやかに騒いでばかりの生徒と一緒にいた嫌な時間を忘れさせてくれるもの」

 暗にその言葉が僕の提案への返事であると受け取った僕は、もう一度彼女の頬に口付けた。
 くすぐったそうに笑うの声が部屋に響いていた。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 さんとリドルのハロウィーンでした。
 この二人でリクエストが来たのは初めてです。
 リクエストありがとうございました。