悪戯っこ


 な〜ぅ。

 久しぶりにルデが鳴いた。
 耳をぴくぴくと震わせて、額に眉間を寄せている。

 どうしたのかしら?
 耳をすませてみると、いつも静かなはずの北塔の廊下がにわかに騒がしかった。
 どうやらルデの老体には、少しの雑音も堪えるらしい。
 仕方なく部屋を出ると、廊下を確かめに行く。

 そこに居たのは…箒を持った飛行術の教員だった。

 「…どうかなさいまして?」

 「あ、先生。お騒がせして申し訳ありません。例のグリフィンドールの四人がまた悪戯を」

 「……グリフィンドールの四人?」

 「あら、先生はご存知ではないですか?ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン…それから、ピーター・ぺディグリュー」

 私は首を横に振った。
 うわさは聞いているけれど、そんな生徒を見かけたことは無い。
 職員会議で、しばしば名前が挙がる生徒たちでは在るけれど、私自体は被害を受けたことは無いわ。

 「…もしお見かけしましたらご連絡いたしますわ」

 「すいません、よろしくお願いします」

 そう頭を下げつつも、四人の行動に不満げなのか、がに股でどっすどっすと歩いていく教師を後ろに私は部屋へと戻っていく。



 …と。
 部屋の様子がいつもと違うことに気がつく。
 これは、明らかに知らない人間の息遣い。
 それも、一人ではない。

 「…あなた方、そのようなところに隠れて楽しいですか?人の部屋に勝手に入ることはあまり感心いたしませんわ」

 部屋の中に存在する四つの頭。
 まだ小さな体の一年生のようで、私の丸いテーブルの下に体を隠すことができる。

 「……出ていらっしゃいな。飛行術の教員には報告いたしませんから」

 その一言で彼らは一斉に姿を現した。
 皆好奇心旺盛な顔立ちをしていて、その目はきらきらと耀いている。

 「どうぞ、お座りなさい。そのように驚かなくてもいいですよ」

 杖を振って椅子を出すと、少年たちはおずおずとそこに座った。
 カップに四人分のココアを用意して前に出す。
 …どうして私ってこんなに生徒に甘いんでしょう。

 「…初めてじゃないか?」

 「ああ、初めてだ」

 「ほんと、初めてだよね」

 「………?」

 ココアを飲んで体が温まったのか、私の一言で緊張が解けたのか、少年たちは口を開きだした。

 「先生は僕たちを叱らないんですかっ?!」

 「叱るもなにも、私はあなた方がどんな悪戯をしたのか知りませんもの。叱る以前の問題でしょう?」

 「やっぱり、初めてだ」

 少年たちがニコニコと笑顔を見せる。

 「それを飲んだらお帰りなさい。見るところによればグリフィンドール寮の一年生のよう。私はスリザリン寮の寮監ですので、あなた方の面倒を見ている暇はありませんのよ」

 「…おい、この先生…例のあの…」

 「うん。そうかもしれないとは思ってたけど、例のあの…」

 彼らの不思議な言葉に私は首を傾げた。
 いつもの背もたれの長い椅子に腰掛けると、いつものように若い猫― ナッシュ ―が私のひざに乗ってくる。

 「…例のあの…?」

 「スリザリンの寮監、占い学の先生といえばっ!」

 「行事以外では生徒の前にまったく姿を見せない神秘的な教師で」

 「もうずっと見た目が変わっていないといわれるほど美人な先生で」

 「……生徒の憧れの的」

 指を立ててにっこり笑いながらそう言った生徒たちの言葉に私は何も言うことができなかったわ。
 …失笑、とでも言うのかしら。
 一年生の生徒たちにまでこんなことを言われているなんて、ね。

 「それに、うわさにたがわずものすごい優しいっ!!」

 「やっぱり探検しに来てよかったな」

 「あなたたち、私の姿を見るためにこんなところまでやってきたのですか?飛行術の教員まで怒らせて?」

 「「「「うん」」」」

 呆れてしまって何も言えなくなってしまったわ。
 私に会うためにやってきたなんて、何て無謀な生徒たちなんでしょう。
 この子立ちが私の授業を受けるのは三年生になってから。
 後二年、この生徒たちは私の姿を知るはず無かったのに…

 考え事にふけっていると、何処からかぽちゃんっと小さな音が聞こえた気がした。
 でも、そんな音を出すようなものは何処にも無いの。

 「……」

 いれたコーヒーに口をつけようとして、私は途中で手を止めた。

 「…こんなもの入れても、私には効きませんよ」

 ざーっと、コーヒーを流しに流してしまう。
 生徒たちからちっという声が聞こえる。

 「さっすが先生だなぁ。僕ら自信作の薬に気がついちゃうなんて」

 「今まで最上級生に試しても気がつかなかったのに」

 …とんだいたずらっ子につかまってしまったものだと、私は一人苦笑したの。

 彼らが私のコーヒーに入れたのは爆発薬。
 威力は小さいものですけれど、コーヒーに口をつけたとたん、コーヒーが逆噴射してくる代物よ。
 とんだ生徒たちね。

 「さ、飲み終わったのなら早くお帰りなさいな。ここに来たことも、爆発薬を入れたことも誰にもお話しませんから」

 「…ほんと、先生ってやさしいんだね」

 「…………さ。早くお行きなさいな」

 四人の生徒を送り出す。
 ニコニコと笑顔を見せながら、彼らは帰っていった。

 「「「「先生、また来るから!!」」」」

 もう来なくていいわ……
 なんて、言えるわけもなく、私は作り笑顔で手を振りつつも心の中ではため息をついていた。


 「…ナッシュ。ルデの毛繕いをしてあげなさいな」

 足に擦り寄ってきたナッシュをルデの傍に置く。
 久しぶりに子供の声を聞いたせいか、ルデは疲れたようで息が荒かった。

 「ルデ。気分を害してしまってごめんなさい。あんなに騒がしい子供たちは初めてよね」

 ルデの年老いた体を撫でると、力なくルデが鳴いた。
 この子の寿命は終わりに近い。
 が心配そうにルデを見守る。

 そんなでさえ、白い毛にはつやがなくなってきた。

 「…あなたたちは変わっていくのね。生徒も変わっていくのよね。…ちょっと厄介な生徒たちだったけれど。でも…私は変わらない。彼も変わらない」

 久しぶりに何処に居るかわからないあの人に向けて手紙を書こう…
 そんな風に思った。






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 少年たち登場。
 でも、誰が誰だかわからないっ…(汗)