覗き見
「…君らしくない匂いがするね」
「……今まで生徒が居たからじゃないかしら」
ソファに腰掛けて、熱い珈琲に口をつけながら、僕はそうつぶやいた。
卒業してからもう長いときが流れたというのに、僕ももその姿はほとんど変わっていない。
「…いきなりやってくるんですもの。生徒を追い出すのに苦労したわ」
「珍しいね。君が部屋に生徒を招きいれるなんて」
「下手に拒んで、印象を悪くしては居づらくなるわ」
僕の隣に、同じように珈琲を手にして腰掛けた。
僕は、カップを持っていない左腕で、の肩を抱いた。
何ヶ月ぶりか、の彼女のぬくもりだった。
「どこの寮の生徒?」
「…グリフィンドールよ。…貴方が好きになる生徒じゃないわ」
「ということは、君もそんなに好きじゃないってことかい?」
は苦笑して僕を見た。
そして、何か言いたげに何度か唇を動かしてはやめ、そして深いため息をついた。
「どうかした?」
「…血の、匂いがするわ」
肩にまわした僕の手をそっと掴みながら、彼女はそうつぶやいた。
ああ…。
綺麗に洗ったつもりで居たけれど、ちょっと残ってしまったのだろう。
ついさっきの惨劇を思い出して、僕は独り笑う。
「…また、マグル?」
「当たり前じゃないか。僕らの計画は、もうすぐ叶う」
「…明日の新聞に、大きく報道されるわ。貴方の名前が出た新聞、全部取ってあるのよ」
「君らしいね」
じゃなかったら、汚れたこの手で触ることを拒むだろう。
でも、なぜかは僕の手を拒もうとはしない。
「…いつまで優等生を演じているんだい?」
「いつまでかしら。…ダンブルドアが校長になって、私を監視する目が強くなったのよ。今はおかしな行動をすべきじゃないって思うわ。だから、もうしばらくはおとなしくとどまっていようと思って」
ホグワーツは、そんなにいい場所じゃない。
確かに、禁書の棚の本を読み漁ることで知識を手に入れているだけれども、そのストレスは計り知れないだろう。
卒業しても優等生を続ける苦痛。
でも大丈夫。
僕はそうつぶやきながら、の髪を一房手に取った。
さらさらと流れる彼女の髪は美しい。
軽く唇を重ね合わせてみた。
触れ合うだけの優しいキス。
「…どうしたの?」
は微笑みながらも驚いた顔をして僕を見た。
「なんとなく、さ。君が綺麗だから」
「…それは光栄ね。貴方みたいな人にそんなことを言われるなんて」
冷めてしまった珈琲はテーブルの上。
僕は長くこの場にとどまることは出来ないけれど、それでもお互いのほんの少しの時間を大切にしたい。
僕らの計画が完成すれば、ずっと一緒にいられるだろうけれども…それでも、きっと、僕らは忙しい。
だったら、この短い時間を大切にしないとならないだろう?
…何度か、と甘い口付けをかわして…途中で手を止めた。
「?」
暗くした部屋の中に、薄く光が漏れている。
「…おかしいわね」
立ち上がったが、ほんの少し隙間の空いた扉を閉めようとするけれど、僕がそれを静止した。
「いいよ、」
「でも」
「面倒なことになったら、消すだけさ」
「ダンブルドアだったら?」
「ダンブルドアのはずがない。ダンブルドアなら、密会しているのを知ったら乗り込んできて僕と戦うだろう」
くすくすと屈託のない笑みを浮かべると、は困ったように微笑んでから、やっぱり扉を閉めた。
「この部屋には、一筋の光も必要ないわ。明かりがなくても、貴方はよく見えるもの」
肌の白いは暗闇でも形が解る。
おそらく僕もそうなんだろう。
もう一度ソファに座りなおしたは、僕の肩にもたれかかってきた。
「…いつも突然よね、貴方は」
「それが、好きなんじゃないのかい?」
「好きよ。でも…有名になっちゃうと寂しいものね」
「…僕が君から離れていくとでも?」
「まさか。そうじゃないわ。そうじゃないの……」
いいわ、と彼女はつぶやいた。
そして、僕に抱きついた。
彼女のぬくもりに酔いしれながら、僕は誰かが廊下をそおっと去っていく足音を耳にしていた。
扉が開かれた瞬間目にした、黒いローブに黄色いワッペン。
グリフィンドール寮の生徒、か。
まぁ、邪魔になったら消せばいい。
こんな暗がりの中では僕の正体すら分からないだろう。
「ほんとにっ?!」
「しーっ!声が大きいよ、ピーター」
「あ、ごめん…」
「…先生が、今日はつれないなぁって思ってたら」
「誰だかわからなかったけどね、先生がくすくす笑ってる声が聞こえたんだよ」
「すっごい幸せそうだった」
「…暗がりの研究室で密会…?」
「先生ったら隅に置けないなぁ、ほんと」
「よし、自白剤の研究を始めよう」
「なんで?」
「聞き出すんだよ、先生の恋人が誰かって」
「本人から?」
「当たり前じゃないか」
「よし、やるぞっ!」
「こら、あなたたちっ!いい加減ベッドに入らないと、減点しますよ!」
「「「「わぁ〜、ごめんなさい〜!」」」」
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こんなお話はいかがでしょう。