おひさまのにおい


 ヴォルデモート卿の仕事は夜に行われることが多い。
 何をしているのか、詳しく話してくれたことはないけれど、決まって日が暮れてから出かけ、日の出前に帰ってくる。
 昼間、時々出かけることもあるけれど、大抵は部屋に閉じこもって本を読んでいるか、調物をしている。
 ヴォルデモート卿は太陽の光を嫌うから、俺は一緒に旅をするようになってから、何度かしか太陽を見ていない気がする。
 寂しいわけではないが、太陽の光が恋しくなるときもある。
 でも、ここの生活が、草原にいた頃よりずっと充実しているから、俺は何も言わない。

 ヴォルデモート卿は、いつも閉め切った部屋の中にいる。
 昼間から、黒いカーテンをしめている。
 …とはいえ、清潔感がないわけではない。
 の影響か、もともとの性格か、ヴォルデモート卿は綺麗好きだ。
 旅先の宿でも、時々外で夜を明かすときでも、汚れることを極端に嫌う。
 彼の黒いローブは、いつも石鹸の匂いがする。
 俺は、ヴォルデモート卿の匂いをかぐのが好きだ。



 宿の扉の前で、珍しく昼間に出かけたヴォルデモート卿の帰りを待っている。
 昼間は、俺の姿は目立つ。
 だから彼が昼間に出かけるときは、俺は必ずお留守番なのである。

 しばらく扉の側で寝そべっていると、扉がきぃっと開いた。

 「…何をみているんだい、。今夜は出かけないよ」

 黒いローブを身につけたヴォルデモート卿が帰宅した。
 黒いローブを脱いでスタンドにかけると、やっぱり真っ黒い服を身につけている。
 彼は、ふかふかのソファーに腰掛けると、けだるそうに髪をかきあげるしぐさをしながら俺の名前を呼んだ。
 たったっ、と駆け寄ると、その白い指が俺を絡めとり抱き上げた。

 ヴォルデモート卿からはおひさまのにおいがした。

 「気になる匂いでもついているのかい?そんなに鼻をひくひく動かして。…ああ、今日は外に出たから余計だろうな」

 鼻をひく引く動かしていたらヴォルデモート卿は口元を緩めた。
 少し古めかしい匂いと、それからおひさまのにおいがする。
 草原にいたときの、ぽかぽかした陽気を思い出した。
 きっと、今日はぽかぽかした陽気なんだろうと想像する。

 「…そうか。太陽が恋しくなったんだな?」

 見透かしたように赤い瞳で見つめられそういわれた。
 そうなのかどうかはよくわからなかったけど、俺の口からは、くぅーんという甘ったるい音が漏れた。
 意図して出したわけではないが、意思を伝えようとした結果だった。

 ヴォルデモート卿が、一瞬柔らかな笑みを浮かべる。
 正直、と一緒にいるときの、穏やかな表情をしたヴォルデモート卿が一番好きだ。
 真剣に何かを調べているときの表情も、もともと顔立ちがいいからか綺麗だと思う。
 その手から、時々血のにおいがしても、彼の指は細くてしなやかだ。
 でも、やっぱりといるときの表情には敵わない。
 といるときは、本当に優しい顔つきになるんだ。

 不意にヴォルデモート卿が立ち上がり、締め切っていたカーテンを開けた。
 外から注いだ太陽の光に、嫌そうな顔をすると、俺だけをそこに残して、自分は部屋の奥へと戻っていく。
 ついていくべきなんだろうか。
 でも、久しぶりの太陽だから、存分に楽しみたい。
 そんな風に迷っていたら、ヴォルデモート卿は俺に背中を向けただけで何かしゃべった。

 「いいよ、。そこで暖まっているといい。時には太陽の光も君には必要だろうからね」

 少し不機嫌な声だったけれども、ヴォルデモート卿が俺にかけたのは、優しいひと言だった。
 俺は久しぶりの太陽に触れしくなって、その場に寝そべった。
 ぐるぐると喉を鳴らしては、暖かい光を送ってくる太陽をじっと見つめた。
 おひさまのにおいは暖かくて懐かしく、俺はその匂いをいっぱいかいだ。
 なんだかんだ言っても、ヴォルデモート卿は優しい。

 そうやって楽しんでいたら、部屋の奥から白くて清潔なシーツを持ったヴォルデモート卿がやってきた。
 ひょいっと俺を抱き上げると、今まで俺がごろごろ遊んでいた場所にシーツを敷いた。
 そして、その上に俺を乗せる。

 「寝てもいいし遊んでもいい。けれど、この範囲内にしてくれ。あまり部屋を汚したくないからね」

 石鹸の香りのするシーツは、太陽の光に照らされると、きらきらと輝いているように見えた。
 俺は嬉しくなって喉をゴロゴロと鳴らした。
 ヴォルデモート卿は口元を緩めて俺を見た。
 シーツの上に座って一緒に過ごしてくれるかな、遊び相手になってくれるかな。
 そんな風に思ったけれど、たぶんそれは無理だろうなぁと諦めた。
 ヴォルデモート卿は、好んで太陽の光を浴びるような人じゃないって思ったんだ。
 案の定、彼は俺の元を離れ、部屋の奥のソファーに座って本を読み始めた。
 だから俺は、一人でしばらく遊んでいた。



 そのうち眠くなったので、大きな欠伸をしてから、ぐるぐるとシーツを整えた。
 そこで小さく丸々と、もう一度欠伸をして目を瞑った。
 ふんわりとした優しいかぜが時折入ってきて、シーツの匂いとおひさまのにおいを漂わせる。
 ヴォルデモート卿のにおいがした。
 ふわふわと、俺をどこかへ誘うようなにおいだ。
 彼独特の、どこか陰のあるにおいだ。
 俺は、この匂いが好きだ。

 でも、時々血のにおいがする。
 ヴォルデモート卿が何をしているか俺にはよくわからない。
 幼い俺はまだ足手まといだからといって、森に置いていかれる。
 だから、ヴォルデモート卿のしていることを詳しく知らない。
 無理に知ろうとは思わないが、ふとした瞬間、恐ろしくなるときもある。
 俺の目の前やの前ではあんなに優しいのに、どうして大量の血のにおいが彼の体からするのか、そんな風に思うときもある。
 でも、ヴォルデモート卿が好きだから、俺はここにいる。























 「…

 少し寒くなった。
 いつの間にまどろんでいたのだろう。
 もう太陽が翳っている。
 一体、どれだけの時間俺は眠りに落ちていたというのだろう。

 ヴォルデモート卿の声に目覚めた俺は、ぴくぴくと耳を動かしながら、大きな欠伸をした。
 日は既に翳り、肌寒さを感じる。
 近づいてきたヴォルデモート卿は、カーテンを閉めると俺とシーツを持って部屋の奥に連れて行った。
 ヴォルデモート卿の手は少し冷たかった。

 「よく眠れたかい?ああ…君からはおひさまのにおいがするな」

 彼はそうつぶやきながら、穏やかな表情で俺を見た。
 それから、シーツを洗い場に置くと、俺の毛を優しくブラッシングし始めた。

 「暖かいな。…たまには、太陽の光もいいだろう?僕は嫌いだけどね。それを君にまで強要しようとは思わないからね。ときどきは、こうやって太陽の下で昼寝をする時間もあげるよ」

 おひさまのにおいのする俺を、彼は優しくなでていた……






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 ヴォルデモートとの生活は、なかなか穏やかです。

 次は少年夢主とともに。