窮屈な一日


 朝から、は不機嫌だった。
 がいつものようにココアを渡したけれど、はそれを拒否したし、食事にさえ一緒に行くことはなかった。
 昨日まで、あんなに笑顔で話をしていたのに、いきなり不思議な態度をとり始める。
 は首をかしげて、に何か話しかけるけれど、ことごとく無視されてしまう。
 の顔が、少し悲しそうになった朝だった。
 そのままは、俺達を置いて一人で、授業に向かっていった。

 「…どうしたんだろうね、

 訳がわからず、俺たちは顔を見合わせて首をかしげた。
 がこんな態度をとるのは初めてだから、よほどの不満があるんだろうって思ったけれど、俺達にはその理由がわからなかった。
 昨日もその前もその前も…ずっと、と俺の態度はいつもと一緒だった。
 に対してもほかの人に対しても。
 だから、よくわからない。























 むかむかする。
 気分が悪い。

 魔法薬学の教室に向かう途中、僕はそんな風に思った。
 …昨日のの態度にたまらなく何かを感じているんだ。
 だから今日は、口を利くこともしなかった。
 なんだか…なんだか、機嫌を損ねているんだ。
 理由はたぶん、昨日のの態度。



 昼休み、僕とは中庭の大木の陰で読書を楽しんでいた。
 そのとき僕らのささやかな時間を割いて、やってきた奴がいた。
 ハッフルパフのセドリック・ディゴリー。
 が寮に関係なくいろんな人と接しているのは僕も承知していることだったけれど、このセドリックという人は、つい最近、に話しかけてきた人物なんだ。
 寮も違えば、年齢も違う。
 どこでの噂を聞きつけたのか、一日中いろんな人にの居場所を聞いて、やってきた人物だ。
 で、自分に好意を持っている人物を邪険に扱うことなんてしないから、いつものように優しく接していた。
 それがたぶん、セドリック・ディゴリーの心を掴んだんだろう。
 それ以来毎日のようにを僕の元から連れ去っていく。

 「…ああ、。今、時間いいかな?」

 「あ、大丈夫だよ、セドリック」

 はぱたり、と本を閉じて立ち上がった。

 「じゃあ、また午後の授業で」

 「……ああ」

 とりあえずその場では頷いたけれど、セドリックと楽しそうに話しながら歩んでいくを見ていたら、なんだか無性に腹が立ってきたのを僕は覚えている。

 「この前の、魔法幾何学についてなんだ。僕の推測では……」

 そんな話を楽しそうにするセドリックに、はやっぱり笑顔でセドリックの言葉に耳を傾けている。

 だからかな。

 なんだかその態度が無性に腹立たしくなったんだ。
 いつも、僕にだけ見せる笑顔。
 いろんな人に笑顔を振りまいてはいるけれど、僕のことを忘れてほしくなかったのかもしれない。



 だから、今朝は気分が悪い。
 とは、口を利かないことにしている。
 だって、僕は何もしていない。
 が僕のことをないがしろにして、セドリックなんかと話をしているからいけないのだ。

 そんな感情が渦を巻く中、僕は魔法薬学の教室にたどり着いた。

 「あれ、は?」

 ドラコの声に一瞬どきっ、となる。
 今の僕は、どうやらという名前にものすごく敏感になっているらしい。

 「…ああ、そのうち来るよ」

 「そうか」

 「それより、隣に座ってもいいか?」

 「ああ、かまわないが」

 僕とはいつも一緒に座るから、少し疑われるかと思ったけれど、ドラコはそんなことまるで気にしていない様だった。
 それは僕にとって好都合で、今日は一日ドラコの隣で授業を受けることにした。
 ドラコはいつものように僕らに色んな自慢話をしてきたけれど、それはいつものことだったから、苦にもならなかった。
 ただ、なんとなく胸が苦しかった。

 それから、少し経って、がいつものように教室に入ってきた。

 「。おはよう。もしよかったら私の隣に座らない?友達が熱を出しちゃったから、隣が開いてるのよ」

 最初にに声をかけたのはパンジーだった。
 は一瞬僕のほうを向いて、僕がドラコの隣に座っていることを確認すると、少し悲しそうな顔をしてから、パンジーの隣に座った。

 なんだか、胸が苦しかった。

 長机に二人で座る。
 いつもと変わらないのに、なんだか窮屈だった。












 一日中、僕はと接触しなかった。
 食事をするときも、は食事を持って中庭に行ってしまった。
 …隣の席が開いていて、いつもよりも広くテーブルが使える。
 それなのに、僕の心はとても窮屈だ。

 この感覚はなんなんだろう。

 談話室で、ドラコたちに囲まれて話をしながら、僕はそんなことを考えていた。
 消灯時間になって部屋に戻るのが…辛い。
 なんだかこじれてしまった人間関係を戻すのは…僕は得意じゃない。

 でも、消灯時間はやってくる。
 今までやっていたチェス盤を片付けると、一人、また一人と部屋に戻っていく。
 全員が戻ってしまうと、僕は一人談話室に取り残されてしまった。
 この場所で、一夜を明かす気にはなれない。
 仕方なく僕は部屋に戻っていった。



 部屋には、誰も居なかった。
 の姿も、の姿もなかった。
 ニトは僕のベッドの上で丸まっていたけれど、僕が名前を呼んでも、こっちに顔を向けて、でもすぐに逸らしてしまう。
 はぁ、とため息をつきながら、なんとなくテーブルの上を見た。

 「…の…?」

 羊皮紙に綴られた、の綺麗な文字。
 が書いていた何かが机の上にそのまま置いてあった。
 覗いちゃいけない、と思いつつ、僕はその羊皮紙を手に取った。


 

 …が僕のことを友達だと思っていないんだとしたら、それはしょうがないことだと思う。
 が付き合いたいと思う友達は、が選ぶものなんだから、僕がその候補からあぶれてしまったのなら、それは仕方がない。
 その事実を僕は甘んじて受け止めたいと思うんだ。
 ただ…ただね。
 なんていったらいいのかな。
 今日一日、とっても窮屈だったんだ。
 部屋は広かったのに、とっても窮屈だった。
 心の中が、なんだか二人で一緒にいたときを懐かしんでいるみたいで…なんだか寂しかった。
 それだけ、伝えたかったんだ。

 


 英文特有の、文末に来る、Your friend, という文字がない。

 僕に宛てられた…からの手紙。

 そのとき僕は、自分の間違いに気がついたんだ。
 どうしようもなかった。
 悪いのは僕じゃないか。
 はいつものようにただセドリックと接していただけだったんだ。
 それを僕が許せなかった。

 …僕は、に依存しているんだと思う。

 自分のものにしてしまいたいくらい、と一緒にいたいんだと思う。
 がそれくらい輝いている人物なんだ。

 でも、きっと。
 に対してそういう感情を抱いている人間は、僕だけじゃないんだと思う。
 そして、他人から見れば、僕がを占領しているように見えるんだと思う。
 はそれを知っているんだ。
 だから、僕よりも周りの人間を優先させるときがある。
 それを僕は許せなかった。
 それは、の優しさだったのに。

 「っ!!」

 気がついたときには、部屋の扉を思いっきり開けて駆け出そうとしたところだった。
 ドアノブに手をかけると、いつもよりも簡単にドアノブが開いた。
 勢いよく駆け出そうと思った瞬間…

 どんっ

 ぶつかった。

 「…?ごめんね?大丈夫?」

 濡れた髪のがそこにいた。
 手を差し伸べてくれた。
 一瞬戸惑って、それからの手をとった。
 の笑顔が眩しかった。

 「ごめん」

 「……?」

 「ごめん、

 だから、抱きしめさせて。
 ぎゅっ、とを抱きしめると、は驚いた表情を浮かべて、それからいつものように綺麗な微笑を浮かべて僕を見た。

 「僕のほうこそ、ごめんね、。僕、の気持ちを全然理解してなかった」

 「違うよ、僕が悪いんだ。僕の…ただの嫉妬なんだ」

 「……嫉妬?」

 「そうさ…そんな、醜い感情に僕はとらわれていたんだ。とはなれて窮屈だったのは僕のほうさ」

 「………」

 ぽんぽん、とは僕の背中を軽くたたいた。
 そのぬくもりが、温かかった。
 今日一日、胸につかえていた窮屈な感情が、のその行動で取りはらわれていくようだった。

 やっぱり、僕たちは離れられない存在なんだ。

 「…僕が、いなくなったと思った?」

 「だって、部屋に居なかったから…」

 「お風呂に入っていただけなんだ。セドリックに……」

 「……」

 「すぐ、そんな顔になる。は綺麗な顔しているんだから、笑顔のほうがいいよ?」

 「………もともとこういう顔なんだ」

 「が笑った顔、僕は大好きなんだけどな」

 「……」

 「明日は、二人で一緒にいようか。今日の分も含めたくらいいっぱい」

 「……」

 「だって。本当に窮屈だったんだもの。やっぱり、僕にはが必要なんだ。こうやってもう一度話ができるようになって本当に嬉しいよ」






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 喧嘩の話。
 といっても、の一方的な思い込みだけど。